りんごという果物(1)

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 木村秋則さんというお名前を聞いたことがあるだろうか。りんごを無農薬で栽培することに成功した第一人者である。今わたしたちの知っているりんごは品種改良を重ねられたものであり、実が大きく甘いりんごを育てるためには農薬が必要不可欠であったそうだ。だが、木村さんはそんな常識を覆し、無農薬でりんごを育てるという偉業を成し遂げたのである。

 木村さんの奥様の身体は、農薬が合わない体質だったそうだ。農薬を撒くと、木村さんの奥様は熱を出して数日間、ひどいと約1ヶ月も寝込む。そのことも1つの動機となり、木村さんは無農薬でのりんご栽培に挑戦をしたのであった。りんごに農薬をやらなくなり、りんごは病気に冒されて花を咲かせなくなる。りんごが花を咲かせられなくなり、その間も木村さんは適切な方法がないか実験を続けた。1度咲かなくなってからもう一度りんごの花が咲くまでにかかった歳月はなんと約11年。どんなに近所に後ろ指を指されようとも、どんなに苦情を言われようとも、りんごがもう一度花を咲かせて実になるまで木村さんは諦めなかった。

 この木村さんの物語は、ノンフィクションとは思えないくらい本当にドラマチック。わたしは本を読んでいて、何年も花が咲かなかったりんごの木が遂に花を咲かせた時に涙が出た。感動した。「事実は小説より奇なり」という言葉があるが、木村さんの人生はまさにその言葉が似合う。そして、木村さんが経験をした、「目に見えない世界」の話が非常に面白く、大変興味深いものであった。

 木村さんがりんごの無農薬栽培に挑戦し始めたのが20代の頃だという。ちょうど世の中は高度成長期と言われていた昭和真っ只中の頃である。当時、りんごの栽培をするには農薬が必要不可欠だと思われていた。季節ごとに撒く農薬が異なっており、年に何回も農薬を撒くということが常識だった。りんご農園が真っ白になるほどに農薬を使っていたという。

 当時、青森県の条例でりんご園を放置することは禁じられていた。木村さんは無農薬栽培に挑戦し始めてからというもの、木にはたくさんの虫がたかり枝がしなるほどであったという。近所の人たちはその惨状を見て、「木村さんの農園は放置園と言っても過言ではないのではないか」「法令違反なのではないか」「木村さんの農園にいる害虫が自分たちの畑に入ってきたらどうしてくれるんだ」と言っていた。非難の声が相次いでいたのであった。

 だが、そんな声が上がってはいたものの、実際に役所へ掛け合う人は現れなかった。木村さんは誰よりも早く毎日りんご園へ行き、誰よりもりんご園で時間を過ごしていたのである。無農薬栽培だからと言って、木村さんが何もしていない訳ではないことは近所の人たちが誰よりもわかっていたのであった。

 木村さんはりんごの無農薬栽培に限界を感じ、ある日自殺を決意した。その頃には家計も火の車状態で、ご家族全員が貧乏生活を強いられていたのであった。木村さんはもう諦めてしまったほうが楽だと思ってしまったのである。自然の中で自殺をしようとロープを手にして木村さんは山へ入っていく。

 木にロープをくくりつけようとしたところ、あらぬ方向にロープが飛んでいってしまって、木村さんはロープを探し出す。すると木村さんは、山の中にたくさんの実をつけたりんごの木を3本見つけたのであった。翌朝見に行ったら実はそれはどんぐりの木だったと分かったのだが、自殺しようとする直前に山の中で自然な状態でたわわに実を付けた木を見つけたのであった。山の環境や土壌の重要さに気付くこととなった重要なターニングポイントとなったようだ。

 そして山から知見を得た木村さんは、ほぼ枯れかけている木村さんのりんご園に、山と同じ環境を作ろうと土壌を研究してりんご園に適応していく。すると、枯れかけていたりんごの木々は日に日に元気になっていった。そして無農薬栽培を始めて約11年経った頃にようやく、りんごの花が満開に咲いて、実をなしたのであった。

 りんごが実をつけたことだけではこの木村さんの物語は終わらず、どのように今のような立場になっていったのかまで、その後の話についても本には詳細が書かれていた。無農薬栽培を推進することで、現在農薬に頼るしか術を持っていない農家や農薬推進をする立場の人からすれば、木村さんが無農薬栽培で名を馳せることは肩身が狭くなってしまうという。りんごの無農薬栽培と向き合うだけでなく、それを成し遂げたあとに人や立場や利権とも立ち向かわなければならなかった。木村さんの人生には様々な壁があったことが見受けられた(続く)。

 (※)参考文献・出展

・石川拓治(2011年)、『奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』、幻冬舎

・木村秋則(2009年)、『すべては宇宙の采配』、東邦出版 ※こちらの本はすでに絶版なようで、図書館などでぜひ借りて読んでみてほしい。

・木村秋則(2017年)、『リンゴの花が咲いたあと』、日経プレミアムシリーズ

 

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