愛子は小学校2年生のときにクラス文集を書く機会があったそうだ。1〜2年間の学校生活の中で何かしら印象に残っている思い出を書こうというテーマで文集を作ったらしい。クラスの皆は運動会や遠足や友達と遊んだことなど、学校生活で起こったイベントや日常の友達との関係性について書いていたようだが、愛子はミニトマトについて書いたらしい(作文の題名が、「おいしかったよミニトマト」だったとのことだ。可愛すぎる)。皆が人との関わりについて書いていた中で、ミニトマトが発芽して背が大きくなって実をつけるまでの過程が見られたことが嬉しかったということを文集に書いたのである(しかも、ミニトマトの大きな絵まで書いた)。小学2年生のころなんて純粋な気持ちで書いたのだろう。人にどう思われるから…とか周りの目を気にする年齢ではないので、本当にミニトマトが好きで嬉しかったから文集に書いたのだろう。
今でこそ愛子はカリブール星の出身で、自分の魂がミニトマトを作り出したということを分かっている。だが、きっと小学生のころも記憶はなくても潜在的な記憶が反応して嬉しいという気持ちを感じていたのだと納得ができる。愛子はそのころから人とは変わった視点や感性を持っていたのがこのエピソードからも伺える。
ジョージアのころも、やはり似たような感性を持っていた。ジョージアの伝記に彼女が言ったこととして、「人はお祭りを楽しめばいい。わたしはオリーブの樹の方が良い」というような内容が書かれていた。どこまでも愛子の魂である。先程のミニトマトのことと通じる話だとわたしは思う。愛子は今世でも、ディズニーに行くよりもそのあたりに生えている道端の植物を眺めていたほうが心が踊ると言っている。やはり姿形は変わっても源の魂は変わらないものである。
そして愛子の小学3年生のころの七夕のお願い事は「空が飛べますように」だったらしい。愛子の魂は昔、日巫女だった時代には自由に空を飛んでいたし、体外離脱もしていた。瞬間移動もこの地球上で出来ていたのでその記憶が残っていたのかもしれない。愛子は俯瞰的な視点を持っていたようで、小学生のころから窓の外を見て、「人間はこれだけ地球や植物に酷いことをしているからいつか絶対にこのツケが返ってくる」と確信していたそうだ。小学生のまっさらな意識でそんなことにまで考えが及ぶのはなかなかないのではないだろうか。
今でこそ、地球のアセンションのために現在小学生の子たちは目に見えないエネルギーのことや人のオーラが目に見えるなどの話は意外にもオープンに話されている話題だとわたしの先生が言っていた。そういった力を持つ子どもたちが増えているからこそのこの兆候なのだろう。手からエネルギーを放つ、などはクラスメイトの間で普通に話題に出ているらしい。すごい世界線。
愛子も幼少期や学生時代など、誰ともわかり合えないという孤独を抱えていたが、わたしも同じようにずっと孤独だったように思う。わたしは父親も母親も仲の良い、そして4人姉弟の長女として家庭に育ったのだが、父親と母親はなぜかわたしだけ”子ども”に対しての接し方ではなく、1人の大人として、昔から接してくれていた。これは決して愛されていないという訳ではないのだが、なぜかわたしは両親と昔から対等であった。これを孤独の原因だと思っていたのだが、実は違っていた。宇宙から意識レベルを下げて地球に生まれてきたので、周りと分かり合えないと感じることが多かった。
幼稚園・小学校・中学校・高校・大学・社会人と、どこのコミュニティにいてもそれなりに友人も多く楽しく生活を送っていた。だが、どこのコミュニティに所属していても、いつもわたしだけが切り離されているような孤独を感じて生きてきた。「わたしが心から繋がれていると思えるコミュニティはこの世の中にないのかもしれない」と思って生きてきたのである。きっとわたしにとっての本当のコミュニティこそが、人生計画を立ててきたプロジェクトメンバーの10名なのかもしれない。早く会いたいものである。
理解し合える人が少ないことは辛いが、これまでの過去世でもこのような孤独を乗り越えて人生の計画を遂行してきている。孤独が不幸なのではなく、自分とうまく繋がれていないことによるブレやすさこそが、人の本来の不幸なのだと思う。自分ときちんと繋がれていれば、孤独を感じることはない。内なる自分の声や、大いなる自己と繋がる意識をすることで、わたしたちは本当は大きな意識から分けられた子機のような存在であることに気付くことができ、そして本来生きるべき人生を歩み出せるのだとわたしは思う。
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